京都大学大学院理学研究科修士課程修了、科学技術庁入庁。研究振興局科学技術情報課長、原子力局廃棄物政策課長、科学技術政策局政策課長、宇宙開発事業団ロス・アンジェルス所長、海洋科学技術センター企画部長、日本原子力研究所広報部長、理化学研究所横浜研究所研究推進部長、内閣府大臣官房審議官、文部科学省大臣官房審議官などを経て、2004年文部科学省科学技術・学術政策局長。2005年内閣府経済社会総合研究所総括政策研究官、2006年から独立行政法人科学技術振興機構社会技術研究開発センターセンター長、2012年4月政策研究大学院大学教授、2015年4月から国立研究開発法人科学技術振興機構研究開発戦略センター上席フェロー、2018年4月から政策研究大学院大学客員教授。著書に「高度情報社会のガバナンス」(共著、NTT出版)、「科学的助言」(共著、東京大学出版会)など。科学技術基本計画など日本の科学技術政策の策定に参画。
2015年に全加盟国が一致して合意したSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)は、2030年までに世界が解決すべき17のゴールを示しました。科学技術はゴール達成に向けて大きな役割が要請されており、私が研究対象にしている「科学技術政策と社会・政治の関係」についても大きな変革が迫られています。
現代の科学技術政策につながる歴史を振り返る時、まず思い出されるのが、1930年代に、アメリカの物理学者で科学技術体制の強化に大きな貢献をしたロバート・ミリカンが「地球は大きな安全システムを備えており、人類が致命的な打撃を与えることはできない」という発言をしたことです。科学技術の進歩のためにはマイナス面を考慮せず、研究者が好きな研究を自由に進めるのが理想でした。しかし、その後、人類は、原爆開発や環境汚染など科学技術によって大きな負の経験をすることになります。21世紀の科学のあり方として、20世紀型の「新しい知識の生産に重点を置き、知識の活用は使う側にまかせる」という姿勢では、科学技術に対する社会の信頼と支持は得られない、という強い危機感を抱かれるようになりました。
1999年に、21世紀の科学の責務(コミットメント)として、ブダペスト宣言がまとめられました。この宣言は、20世紀型の「知識のための科学:進歩のための知識」に、「平和のための科学」、「開発のための科学」、「社会における、社会のための科学」を加えて、科学技術の価値観を転換した点で画期的でしたが、その理念の下に実際に何をやるべきか定かではありませんでした。
SDGsによって、貧困(格差)、食糧、健康、水と衛生など、先進国、途上国の別なく多くの国が共通して直面している課題が明確になったことで、今、その解決に向けた科学技術政策とそのシステム改革の重要性が増しているのです。
科学技術は経済性、つまり"儲かるか否か"が最も重要でした。今もその傾向は変わりません。しかし、科学技術はその発展に伴って社会や環境に大きな負の影響を与えるようになり、21世紀になって互いに切り離せなくなっています。科学技術と経済、社会、環境の相互作用をよく考え、変化の激しい時代に科学技術政策を立案しマネジメントできる人材が求められるようになっています。
「科学技術イノベーション政策プログラム」では、科学技術と社会や政治行政がどのような相互作用をしてきたかという過去の事例の収集・分析といった研究活動と、ここで得られた知識に基づく政策づくりや人材育成を行っています。科学技術政策デザインで欠かせないのが、「時代認識」です。今がどのような時代なのか、将来社会や環境はどうなるのかという理解や洞察があってはじめて、誰が何を何処でどうやってやるべきか見えてくるからです。
今という時代を考える時、その出発点には1989年の冷戦終結があります。東西に分かれていた世界全体の政治経済システムが統一されたのです。1990年代に入ると、それまで軍事利用に限られていたインターネットが一般に開放され、政治と技術システムの双方の変革によって世界は大きく変わりました。あれから30年、インターネットとコンピュータ、デジタル技術の大きな発展は社会経済と人々の生活に光と陰を広げています。人類から仕事を奪うと恐れられる「AI」。個人情報の保護や、データの妥当性の担保といった多くの問題が未解決の「ビッグデータ」。IT企業GAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)の巨大化などです。特に、国を越えて活動するGAFAは、近代の長い歴史の中で築き上げられてきた資本主義、民主主義という近代社会システムを根本から揺るがしています。
また、2001年に発生した9.11.同時多発テロは、時代認識を深める上で忘れてはならない出来事です。20世紀の科学技術の象徴であった高層建造物のワールドトレードセンターを、同じく20世紀の科学技術の粋である航空機が攻撃し破壊しました。昔なら国と国の戦争の中で実現したものが、わずかの人数で実行できた。20世紀の大発明であるインターネットを使ったからです。今や「科学技術は何をやっても許される」と言えないことは明らかです。
今、GRIPS全体で修士課程と博士課程を合わせて400人ほどの学生がいます。そのうち7割程度が外国人留学生で、出身国は途上国から欧米まで約60カ国にわたります。学生の多くが職業経験をもつミッドキャリアで、ここで何を学び国や地域に帰ってどのような活動に就くべきか自分の役割を常に考えています。一方で私たち教員は、このように問題意識が明確な学生に何を伝えられるかを常に考えています。
私は、この変化の激しい時代にあって、学生たちに最新の科学技術や社会・政治の動向を提供できるように、国連SDGsプラットフォーム、経済協力開発機構(OECD)や「政府科学助言についての国際ネットワーク(INGSA)」に参加しています。一方で、家族や地域、自治体、大学や会社といった自分の身近なコミュニィで何が問題になっているかをとらえる感受性が重要です。時代と空間の認識力の向上はSDGsの精神につながり、学生たちがコミュニティに戻ってから、力を発揮するために必要な能力なのではないでしょうか。
政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策プログラム(GIST)
GRIPS Innovation, Science and Technology Policy Program (GIST)