1981年通商産業省(現経済産業省)入省。中東アフリカ室長、資源エネルギー庁石油精製備蓄課長、イラク暫定統治機構(CPA)派遣、貿易経済協力局技術協力課長、原子力安全・保安院原子力発電検査課長、東北経済産業局長、原子力安全・保安院審議官、内閣審議官(原子力事故収束担当)、石油天然ガス・金属鉱物資源機構理事を務めた後、2014年から現職。
―根井先生の大学院教育の目的や特徴などについて、お聞かせください。
よく政策研究大学院大学(GRIPS)とはどんな大学ですか、と聞かれます。ここは大学院修士・博士課程だけの高度な政策の研究・教育機関です。一般の大学のように学部学生がいないため、あまり知られていないのかもしれません。
私はその中の「科学技術イノベーションプログラム」(GiST)で、エネルギー政策を担当しています。GiSTは国の科学技術イノベーション政策の立案と実施を担う人材を育成するための教育・研究プログラムです。講義は、経済産業省で携わったエネルギー政策の知識と経験をもとに、「エネルギー政策概論」や「エネルギー環境科学技術政策」などで、原子力、石油、中東、再生可能エネルギー、電力市場関連を含めた6つの講義と研究テーマを受けもっています。
日本の地方自治体職員や東南アジアなど発展途上国の行政官の教育の場として重要な役割を果たしています。実際、学生の3分の2が国内外の公務員です。また、学生の3分の2が留学生です。ここでの教育の成果が途上国の国家建設や地方行政に具体的に生かされていくことでしょう。
いまアメリカとイランが緊迫した関係にあります。このため街中のスタンドのガソリン価格が日々変動し、高騰しています。日本は、エネルギー資源として中東産油国に頼らざるをえません。だからこそエネルギー問題の本質をきちっと捉えるには、中東情勢と石油情勢の分析を踏まえた学問的な知識と、原子力、電力市場を含めた対応方策を身につける必要があるのです。
―経済産業省時代には、中東に派遣され、かなり緊迫した経験をされたようですね。
中東アフリカ室長を振り出しに、資源エネルギー庁石油精製備蓄課長として同時多発テロ(2001年3月)後の中東石油政策に関わりました。16年前のイラク戦争終結後に、私を含めた3人が日本政府から現地に派遣され、ライフラインや産業施設の調査と復興支援に従事しました。この時、外務省から派遣された2人の外交官が、バグダード郊外で移動中に何者かに殺害されるという痛ましい事件がありました。
緊張の続く危険地帯での調査でしたが、イラク人に知り合いが多かったこともあり、機微な情報を得て命拾いをしました。今年2月に就任したイラク石油大臣やその前石油大臣とも昔からの知り合いです。
また日本貿易振興機構(JETRO)ヒューストン・センター次長として米国の中東・石油政策や新規産業育成政策などにも関わりました。振り返ると世界のエネルギー問題の真ん中を歩いてきたような気がします。
こうした経験を通してエネルギー問題の複雑さ、難しさや裏事情などを学びました。それらを「エネルギーセキュリティー」の講義に活かすようにしています。日本エネルギー経済研究所の専門家にも参加してもらい、正確で分かりやすく、実感あふれる講義と議論を深めています。
―エネルギー政策を考えるに当たり、今後はどんな点に注目すべきですか。
太陽光や風力発電などの再生可能エネルギーの可能性と限界を検討しつつ、新たな「電力市場のデザイン」にも取り組んでいます。最近は、評価の高い米国テキサス州の電力市場の設計を調査しています。
太陽光や風力発電は巨額の費用をかけずに建設できますが、火力発電や原子力発電には膨大な設備投資が必要で、その回収に時間がかかります。これが「ミッシングマネー」問題です。その対策の一つとして、電力量(kWh)ではなく将来の電力の供給力(kW)を取引する「容量市場」のマーケットを作り、多様な発電会社の投資を呼び込む仕組みを作る動きがあります。
テキサス州の電力市場は容量市場がない状況下で、2002年からの完全自由化でこれまではマーケットがうまく回っていました。ところが再生可能エネルギーの急増と天然ガス価格の低下で、石炭火力発電(計400万キロワット級)が大規模に廃止されたため、15%くらいあった予備電力が今年夏にはその半分近くに落ち込んでしまいそうになっています。
そうしたビビッドなエネルギー事情をテキサスの大学や規制当局の友人たちから情報を集め、これから取り組む日本の電力改革の参考になるように講義に使っています。決して一般的な教科書の焼き直しではなく、政策のリアリティーを取り込むようにしています。そうした活動の一環として、「国際エネルギー経済学会(IAEE)」の世界大会を、2021年にGRIPSで開催する計画があります。日本の開催は30年ぶりです。
―原子力安全保安院では原子力発電検査課長を、1年ほど空けて同保安院の審議官も務められました。審議官時代には福島第一原子力発電所の過酷事故にも遭遇しました。そうした経験から、原子力発電について特別な考えをお持ちだと思います。いかがでしょうか?
福島原発事故の前までは、原発に対して過度の安全神話なるものが存在していました。また、電力事業者と規制当局との意思疎通も十分とはいえなかった。当局の規制の前に、電力会社が積極的に安全向上に取り組まなければ市場から排除されるとの危機感も薄れていました。でも2011年に起きたあの不幸な事故以来、情報公開やコミュニケーションを含めてかなり改善されたと思います。
まだ情報開示不足を指摘する声もなくはないようですが、規制委員会と電力会社との議論や、関連するさまざまな審議は全てYouTubeでリアルタイムに公開されて、誰でも情報入手できる状態になっています。最初は皆さん懸命に見ていらっしゃったのですが、視聴は減っているようですね。原子力規制の面では、基本的に公開して困ることはありません。例外は、知的財産権や個人情報関連、防災・テロ対策、外交機密、核物質防御だけです。これらは国際的な規範に足並みを揃えています。
日本、そして世界のエネルギー問題をどう解決し、安定供給していくか、そして安全な将来のエネルギーをどのように開拓していくか。今、よりいっそう石油と原子力の話をきちんと押さえてエネルギー政策とその調査研究ができる人材が必要なのです。
―エネルギー政策に関わる人材育成について、もう少しお考えをお聞かせください。
私が着任するまで、GRIPSには中東関係を含むエネルギー政策の専門家がいませんでした。日本人学生も留学生も、日本の中東政策にはあまり関心がなかったようです。しかし、昨今のようにガソリンが高騰し、さまざまな物価に影響が出れば、当然、原油を安定的により安く、どのように確保するかが必要です。つまり文字通り「油断」せずに問題の原点を探り、確かな情勢分析によって長期、中期で対策を練っていくことのできる行政官の育成が急がれるのです。
エネルギー政策は、国や地域によって取り組み内容がガラリと変わります。何処にでも通用するような普遍的な答えというものはありません。留学生には国情や地政学による変動要素をどのように解釈するか、いくつかのモデルを説明し、出身国にとってどのシナリオが最適かを考えてもらいます。当然ながら留学生向けと日本人学生向けとは授業の内容が違ってきます。
エネルギー資源の確保は日本の行く末に影響を及ぼす大きな問題です。この問題を考えるにあたって、バックグラウンドや出身学部が理工系であるか法文・経済系などであるかなどは、まったく問いません。ある程度の英語の語学力とエネルギー問題への強い関心さえあれば十分です。
私の授業は留学生の履修者が多いこともあり、英語で行っています。ここで勉強することで、将来は数少ないエネルギーの専門家になるチャンスも生まれます。また将来、発展途上国のリーダーとなる留学生たちとの貴重な交流や人脈も作れるでしょう。
学生の皆さんには、リアリティーのあるエネルギー政策研究に、積極的に取り組んで欲しいと期待しています。
政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策プログラム(GIST)
GRIPS Innovation, Science and Technology Policy Program (GIST)