飯塚倫子 教授

途上国の持続可能な開発のための
『破壊的なインクルーシブ・イノベーション』

飯塚倫子 政策研究大学院大学 教授

飯塚倫子 政策研究大学院大学 教授

政策研究大学院大学教授。国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所(UNU-MERIT)リサーチ・フェロー、国連ラテンアメリカ・カリブ経済環境委員会環境担当官、財団法人国際開発センター研究員を歴任。現在サセックス大学科学政策研究所アソシエート・フェロー、UNU-MERITアフィリエイト・フェローを兼任。
サセックス大学科学政策研究所、科学技術イノベーション政策博士号、同大学開発学研究所(IDS)開発学修士号、ロンドン大学インペリアルカレッジディプロマ(環境管理)取得。
専門分野は途上国や新興国における持続可能な発展達成のための科学技術イノベーション政策(STI for SDGs)、天然資源、農業分野のイノベーション政策。

発展途上国の科学技術政策とは?

―ご経歴が開発学から始まっていらっしゃいますが、現在のご研究に行きついた経緯についてお聞かせください。

高校生の頃から国際機関で途上国支援に携わりたいと思っていました。大学院修士課程に進学する際、日本国内には発展途上国の開発問題について学べるところがなかったため、指導教官から植民地政策研究の実績をもつイギリスへの留学を勧められました。その中でも開発学で実務レベルの研究・教育育実績のあるサセックス大学開発学研究所を選びました。在学中、他学生と議論する中で日本の開発政策のことをあまり知らないことを痛感したので、国際機関で勤務する前に、まずは日本で経験を積もうと思い、日本の政府開発援助政の業務経験を(財)国際開発センター3年間で積みました。その後、競争試験に合格し、国際連合ラテンアメリカ・カリブ地域経済委員会(ECLAC)の「持続可能な環境・人間居住部」に赴任しました。
地域委員会は国連全体の開発アジェンダを地域の視点でフォローすることが一つの重要な任務です。今は「持続可能な開発目標(SDGs)」と国連全体が推進する開発アジェンダが一つにまとまりましたが、私が勤務していた頃は、環境は「アジェンダ21」、人間居住は「ハビタット・アジェンダ」というようにテーマごとに分かれていました。私の業務はチームの一員として、部が担当するアジェンダが目指す「良い居住環境」および「環境」はどのようなものなのかを域内の政府代表の方と議論し、指標やベンチマークを合意し、目標達成への道筋に辿るための専門的知見を提供するというものでした。

国連での勤務後、再び日本に戻り、JICAのチリ国地方輸出促進プロジェクトに携わりました。その際担当したのはチリ南部の天然産業を活かした輸出促進策だったことが、その後の博士課程の研究テーマである、チリ国サケの輸出産業のキャッチアップ、技術革新の研究につながりました。この事例から、途上国が天然資源を発展のため有効利用するための政策が必要でありつつも、あまり研究されていないと思いましたので、博士課程後にサーチフェローとして勤務した国連大学マーストリヒト技術革新・経済社会研究所(UNU-MERIT:在オランダ)でもこのテーマについての研究を継続しました。現在も米州開発銀行から委託された鉱工業のバリューチェーン開発についてプロジェクトをラテンアメリカの研究者と共同で行っています。UNU―MERITでは、ヨーロッパだけではなく、途上国出身の研究者、行政官、学生と共同研究および研修事業を通して議論する機会に恵まれ、途上国全般の科学技術政策の理解を深めることができたと思っています。政策研究大学院大学には2018年4月から勤務していますが、これまで築いた海外とのネットワークを活かしてこれからも研究を続けたいと思っています。

天然資源と開発、そして科学技術に、政策が介入する意義とはどういったことでしょうか?

「資源の呪い」という言葉があるように、途上国の天然資源は国の発展を妨げていると長年思われていました。事実、多くの政策が「資源の呪い」を前提に策定されています。しかしながら、インダストリー4.0で明らかになっているように、新しい技術(衛星データ、自動制御技術など)が今まで「ローテク」と言われてきた農業や鉱工業に導入されつつあります。例えば、鉱工業ですと、高山の低い気圧でも飛行可能な探索用ドローンや、まとまった平地のない地形に合わせて開発した掘削機などのイノベーションが生まれています。また、企業活動のグローバル化に伴って深化するバリューチェーンは環境、労働基準への対応など、これらセクターの社会的課題に多大な影響を及ぼしています。また、資源から得る収入を持続可能な開発に使うためにはどのような方策があるのか、などきちんと研究されていない政策課題が多く残されていると思っています。

破壊的イノベーションは、テクノロジーの浸透による"新しい消費と価値の創造"から

「破壊的なインクルーシブ・イノベーション」についてお教えください。

飯塚倫子 政策研究大学院大学 教授

2019年2月にGRIPSで、発展途上国と科学技術とを結びつける意味合いで、ラウンドテーブルとシンポジウム(STI http://www.grips.ac.jp/jp/oldnews/20190221_5722/)を「破壊的なインクルーシブ・イノベーション」というテーマで開催し、成功モデルや有望な事例を収集紹介しました。
「破壊的なインクルーシブ・イノベーション」は、今まで民間、公的セクターのサービスの対象とされていなかった人たちへ問題の解決策(インクルーシブ)を提供するイノベーションです。今までとは異なる新しい消費を生み出すということで破壊的イノベーションにもつながります。

今、発展途上国、例えばアフリカでは科学技術への関心が高まっています。しかし、人材の薄さや優秀な人材の海外流出が課題です。それに対する重点政策は大学教育の充実と公的研究所整備となっていますが、それだけでは研究のタネが市場に広がりません。今までのように援助ではないやり方が必要とされています。そのため、R&Dを担える民間のスタートアップ企業を呼び込む、大学教員のマインドを学術的なものから実務的なものへ転換するなどの対応もなされています。先のシンポジウムでベンチャーキャピタルの方から、社会的ニーズの高さや市場の大きさや規制の緩さに加え、先進国のように足かせとなる既存インフラがないことが、新しい消費への伸びしろ、ポテンシャルになるとの発言がありました。もちろん法令順守的な課題などは、まだ残されています。つまり、多様なアクター、潜在的消費者をイノベーションプロセスに取り込むという意味でも「インクルーシブ」ですし、社会課題への斬新なアプローチという意味で「破壊的」です。

―今までつながっていなかった「インクルーシブ」と「破壊的なイノベーション」が結び付くと、何が起こるのでしょうか?

最近のイノベーションでは、次に起こるビジネスモデルが人々のニーズを捉えるための"媒介"として「(ベース)テクノロジーの浸透」が必要です。例えばモバイルフォン。この普及により、発展途上国の金融が大きく変わりました。テクノロジーの浸透には、低価格化が重要です。価格が高ければ広く受け入れられず、大きな社会変容を起こせないのです。ですから、そもそも破壊的なイノベーションはインクルーシブであるべきものですし、インクルーシブ・イノベーションには破壊的な側面があると言えます。こうした意識を持っている企業の方は、まだそう多くないように感じます。
これからは「インダストリーX.0」(エックス・ポイント・ゼロ)によって、開発側は1社完結型からエコシステム型に変わります。社会はデジタル化によってインターコネクティビティが深化し、市場の可能性が広がるでしょう。そこで、今まで利用者ではなかった層を対象にするインクルーシブな観点を加えて、多様性を持たせることが必要だと思います。

―商品のライフサイクルによっては、初期からの低価格化は難しいと感じます。いかがでしょうか?

そうとも限りません。インドの企業が開発した低価格のマラリア簡易診断キット「Paracheck ™」や、強度を下げずにパーツを減らすR&Dで破壊的な低価格化を実現したインドの企業・タタモーターズによる「ナノ」などもあります。これまで商品に手が届かなかった層にも市場を広げるためには、"いいものをより安く"を初期の設計段階から考えないと。価格が高いために行き渡らずに活かされない技術は多いのです。過去の市場はサプライヤー主導でしたが、今はデマンド、需要ありきです。発展途上国は、市場としてのみならず、イノベーションのシードベットとしての可能性が見込めると思います。

GRIPSには各国から実務経験のある学生が来ていますので、なるべく講義では、理論と実践を結び付けるディスカッションを重視しています。理論を説明してからその理論に対応するケースを各々に発表してもらいます。理論や考え方の枠組み、指標などを実践に結びつけることで理解を深めることができるからです。また、実務を経験されている学生の発表から多くを学ぶことができます。この他にも現在国連工業開発機構(UNIDO)から委託された政策研究にも学生に参加していただいています。一つの社会的課題についての具体的解決策を探る過程から理論の重要性を学ぶことができると思うからです。

連絡先

政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策プログラム(GIST)
GRIPS Innovation, Science and Technology Policy Program (GIST)

〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1 (アクセス
メール:gist-ml@grips.ac.jp
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