隅蔵 康一 教授

政策への実装、共進化に向けて
「エビデンスに基づいた産学官連携のエコシステムの探求を」

隅蔵 康一 政策研究大学院大学 教授

隅蔵 康一 教授

1998年東京大学 大学院工学系研究科 博士(工学)学位取得、同年東京大学先端科学技術研究センター客員助手、1999年同センター助手、2001年政策研究大学院大学助教授、2007年同校准教授。2016年より現職。専門分野は、知的財産政策、科学技術政策。2012年6月から2016年まで文部科学省科学技術政策研究所(2013年7月より文部科学省科学技術・学術政策研究所に名称変更)第2研究グループ総括主任研究官を兼任。

産官学それぞれのナレッジを出し合う政策決定を目指して

―現在取り組まれている研究について、お聞かせください。

私のプロジェクトの研究内容は、医療につながる基礎研究成果を臨床に実用化させる「橋渡し研究」、いわゆるトランスレーショナル・リサーチ(TR)の実装に向けて検討するものです。実はGRIPSと大変深いかかわりのあるテーマで、2005年度の後半からTRをどう支えて促進していくかというプロジェクトを始めていました。実際、このGRIPSでのTRの検討を踏まえて、2007年度から文部科学省による橋渡し研究への事業支援が始まったのです。2007~2011年度の5年が第一期、2012~2016年度が第二期。そして今は2017~2021年の第三期、ちょうどこの折り返しにいます。これまでにTR拠点が増え、文部科学省だけでなく、厚生労働省もTRへの支援を行うまでになりました。
今後は、これまでの研究成果を活用しつつ、さらに実装を促進するための継続的な支援の在り方を考えなければいけない。これが現時点でのライフサイエンス課の政策課題でした。そこで私たちは、海外事例を含むいろいろなファンディング方法を調査したり参考にしたりしながら、まずは学術的な視点からTR分野に向けた新たなファンディングのスキームを提案し、これを政策への実装につなげるプランを示しました。
海外、例えばイスラエルでは、IT分野が主ではありますが、基礎研究の段階から国の政策に対して民間の資金を導入していく「ハイブリッドファンド」型が採られています。このような共進化では、やはり政策側や産業界のニーズや温度感を常に取り入れ、双方向にインターラクションしながら進めていくことが重要です。産官学が互いに連携することで、より良いポリシーメーキングにつなげる。政策立案のエコシステムの形成を目指す取り組みと言えるかもしれません。

科学技術イノベーション政策の課題に取り組む ~人材育成や特許制度などに着目

―今まで日本の基礎研究を支えてきたのは例えば科学研究費補助金であり、その支援がノーベル賞でも評価される成果につながりました。2018年に医学・生理学賞を受賞された本庶先生で言えば免疫チェックポイント阻害薬「オプジーボ」が特許取得、医薬品の市場化までこぎつけています。しかし、基礎研究の厳しい財源状況や特許報酬の交渉など実装に向けた研究者への支援課題も浮かび上がりました。そのような点の解決も含めて、どのようなエコシステムが必要でしょうか?また、今、解決すべき課題は何でしょうか?

やはり人材育成が課題です。自然科学でも社会科学でも、研究する側の人材だけでなく、政策側や産業界側の人材との仲介を行う中間支援人材について特に重要視しています。例えば、URAや産学連携コーディネーター務める方などです。そういう人材のプロフェッショナルをいかに育てるか、いかに適切に配置していくか。それが課題と言えるでしょう。
ただ、この点は手付かずという訳ではありません。私がライフサイエンス分野で博士課程を終えて大学にスタッフとして入ったのが1998年、ちょうどその頃からこういった産学連携人材の整備、いわゆるTechnology Licensing Organization(TLO)というものができました。ですから、人材という意味で専門性をつけた方々のプールは進んでいます。SciREX事業でも効果的な科学技術イノベーション政策や企業戦略の実行を担う人材育成を進めており、GRIPSは拠点間連携に主導的な役割を担う総合拠点(GiST)を担い、サマーキャンプなどを実施しています。

一方で、その頃から存続する制度的な課題、例えば本庶先生の件で話題となった特許報酬に大きくかかわる特許法第73条の見直しは現在も取り残されたままです。特許を共有している場合の規定は、民間企業同士を想定してつくられています。大学のような、自分で自社の製品などを売ることを想定していない機関との特許共有を想定しないのです。A大学と企業B社が特許を共有している場合、特許法第73条に従わなければなりません。その共有特許をライセンスする時、大学側も企業側も共有相手に許諾を取らなければいけません。企業からすると勝手に競合他社へライセンスされると困りますし、その一方で自己による実施は自由に行えるのが望ましいので、一見合理的な決まりのように聞こえます。
とはいえ、企業と違って大学側は基礎研究のために自己で実施するだけで、企業の側が商業化を目的として自己で実施するのとは全然意味が違います。そこで、このようなアンバランスを解消するために、大学側は企業に「不実施の対価」の支払いを求めます。しかし、それは法的な根拠のない対価ですから企業も余り払いたがりません。産学連携において大学と企業の関係構築が円滑に進まない要因の一つとなっています。
そういった現状から、私は第73条を変えるべき、大学側が独自にライセンスできる権利を持つアメリカ型の制度を参考にすべきだと考えます。その上で、この権利を大学側が企業側に譲渡し、これに対価が支払われる仕組みにすれば良いのです。法律に基づかない「不実施の対価」より、法律に基づく対価を支払うほうが最終的に企業のためにもなるでしょう。

このように、現代の状況や考え方に合わせて柔軟に対応することにより、産学それぞれの利害を調整し、法整備なり政策を立てていく必要があります。

産官学の協働をうながすSciREX事業の機能

―最近、Evidence Based Policy Making(EBPM)が重要視されています。しかし、最先端の「政策のための科学」においては、常に「最新」が変化するため、過去のエビデンスは得づらくEBPMの実施が難しい側面がありませんか?

最先端の課題については過去のエビデンスがないというのは確かで、これからエビデンスを蓄積し、また分析する必要があります。SciREX事業全体の考えとして、定量的なエビデンスはもちろん重要ですけれども、定性的なエビデンスとも組み合わせてEBPMを促していこうとしています。それでも、単に誰かの相場観ではなくて、エビデンスを横にらみしながら政策に結び付けていくというプロセスとしてEBPMを根付かせていくということが大切だと思うのです。

―研究を基礎から応用に向けてつなげていく時、産官学が連携しながら進めていかなければいけない課題を一つ一つ明らかにしつつ、エビデンスに基づいた知識を政策にフィードバックしていくということですね。

そうです。産官学ではそれぞれでゴールが違いますので、完全に全員がハッピーになる解が常に見つかるわけではありません。いろいろな課題が持ち上がるたびに、全てのプレーヤーにとって合理的に納得でき、かつ、社会にとって一番良い解が出てくるようにお互いが歩み寄ることが重要でしょう。

多くの課題は産学官のどこかだけで解決する課題ではなく、その間に挟まっています。官がきちんと政策反映、制度設計していくためには、課題解決に向けて検討する場が必要です。そのためにSciREX事業があり、個別課題の解決だけでなく、長年かけて実装に向けた道筋とこれに資する人材づくりに努めることが、この事業の役割なのだと思っています。

現在関わっているプロジェクト

業績

主な論文

  • ①隅藏康一(2019)「ヒトゲノムデータとそこから派生するナレッジのシェアリング・活用の促進に向けて」『日本知財学会誌』、16巻1号、50-57。
  • ②隅藏康一・菅井内音・牧兼充(2019)「日本における高被引用研究者の現状~東大・京大とUCSDに着目して」『研究 技術 計画』、34巻2号、139-149。
  • ③ 高橋真木子・古澤陽子・枝村一磨・隅藏康一(2018)「日本のアカデミアにおける研究推進・活用人材―競合から協働へ向かう産学官連携コーディネータとURA―」、GRIPS Discussion Paper 18-11.
  • ④ Koichi Sumikura, Naito Sugai and Kanetaka Maki, "The involvement of San Diego-based star scientists in firm activities," Proceedings of ICE/IEEE ITMC International Conference on Engineering, Technology and Innovation, Stuttgart, June 19th, 2018.
  • ⑤ 隅藏康一(2016)「オーダーメイド医療時代のリスクと安全」、近藤惠嗣編著『新技術活用のための法工学 リスク対応と安全確保の法律』(民事法研究会)、243-269。
  • ⑥ 隅藏康一・齋藤裕美(2014)「アカデミック・ナレッジはイノベーションに貢献しているか?―ライフサイエンスに基づく製薬・バイオのイノベーション創出に向けて―」、日本知財学会知財学ゼミナール編集委員会(編)『知的財産イノベーション研究の展望 明日を創造する知財学』(白桃書房)、209-235。
  • ⑦ 隅藏康一(2013)「ヒトゲノム・遺伝子に関する特許権と公共性のバランス」『日本知財学会誌』、10巻1号、13-24。
  • ⑧ 隅藏康一(2013)「ラボノート再考:大学のラボラトリーにおけるリーダーシップとナレッジマネジメント」、『日本大学知財ジャーナル』、6巻、47-58。
  • ⑨ 隅藏康一(2012)「ライフサイエンスの知的財産にかかわる倫理問題―幹細胞特許に着目して―」『研究 技術 計画』、25巻、197-207。※巻号は2010年のものだが、2012年3月に刊行されたため、その時点までの情報が含まれている。
  • ⑩ 隅藏康一(2011)「生物多様性と遺伝資源―アクセスと利益配分をめぐって―」、毛利勝彦編著『生物多様性をめぐる国際関係』(大学教育出版)、137-151。
  • ⑪ Hiromi Saito and Koichi Sumikura (2010) "An Empirical Analysis on Absorptive Capacity Based on Linkage with Academia," International Journal of Innovation Management, 14, 491-509.
  • ⑫ Koichi Sumikura (2009) "Intellectual property rights policy for gene-related inventions - toward optimum balance between public and private ownership," David Castle (ed.) THE ROLE OF INTELLECTUAL PROPERTY RIGHTS IN BIOTECHNOLOGY INNOVATION, Edward Elgar, 73-97.
  • ⑬ Koichi Sumikura (2009) "The Issues Surrounding Patent Protection for Human-Embryonic Stem Cells and Therapeutic Cloning in Japan," Joseph Straus, Peter Ganea and Yu-Cheol Shin (eds.) Patentshutz und Stammzell-forschung, Internationale und rechtsvergleichende Aspekte, Springer, 111-121.
  • ⑭ 隅藏康一(2009)「バイオ分野の標準と特許発明―アクセス性の向上に向けて-」、『知財管理』59巻、323-338。
  • ⑮ 隅藏康一(2007)「遺伝子研究と知的財産政策」、『RESEARCH BUREAU 論究』、4号、28-36。
  • ⑯ 隅藏康一(2007)「ライフサイエンス分野におけるライセンス・データベースの展望―総合科学技術会議の指針を受けて―」、『知財ぷりずむ』、6巻(63号)、9-18。
  • ⑰ 隅藏康一(2007)「マテリアル・トランスファー契約(MTA)の現状と課題」、『知財ぷりずむ』、6巻(61号)、104-110。
  • ⑱ 隅藏康一(2006)「医療行為の特許性」、『別冊ジュリスト:医事法判例百選』、No.183、234-235。
  • ⑲ 隅藏康一(2004)「遺伝子特許と生命倫理」、『生命倫理』、14巻1号、20-27。
  • ⑳ 隅藏康一(2004)「遺伝子診断・ゲノム創薬と特許」、『Molecular Medicine』、Vol.41臨時増刊号、355-361。
  • 21 隅藏康一(2004)「バイオ分野の『産学連携人材』の育成」、『産業立地』、43巻(4号)、31-38。
  • 22 隅藏康一(2003)「知的財産権を目利きする『円錐型人材』が日本を変える:大学は 『知的財産』とどのように向き合うべきか」、『IILLUME』、30号、4-21。
  • 23 隅藏康一(2003)「TLOの人材育成策―米国TLOにおけるアカデミック・バックグラウンドの実態調査から―」、『研究 技術 計画』、18巻、14-21。
  • 24 隅藏康一(2003)「先端科学技術における特許プールの活用(下)-バイオ分野の特許プール-」、『BIO INDUSTRY』、20巻3号、55-62。
  • 25 隅藏康一(2003)「先端科学技術における特許プールの活用(上)-MPEG-LAの事例-」、『BIO INDUSTRY』、20巻2号、42-52。
  • 26 隅藏康一(2002)「職務発明に対する「相当の対価」をめぐる問題」、『BIO INDUSTRY』、19巻12号、36-43。
  • 27 隅藏康一(2002)「遺伝子特許」、『アソシエ』、9号(特集:資本主義に組み込まれる生と死)、60-70。
  • 28 隅藏康一(2002)「バイオテクノロジーと産学連携 ―ES細胞のマテリアル・トランスファーの事例から―」、『AcTeB Review』、1号、32-36。
  • 29 隅藏康一(2001)「生命工学と特許の新展開 ―ゲノム・タンパク質解析と特許―」、相田義明・平嶋竜太・隅藏康一共著『先端科学技術と知的財産権』(発明協会)1-55。
  • 30 隅藏康一(2001)「再生医学における生命倫理-法令による規制と特許対象からの除外-」、『細胞』、33巻3号、25-28。
  • 31 隅藏康一(2000)「特許制度と生命倫理―再生医学が提起する問題」、『蛋白質核酸酵素』増刊号『再生医学と生命科学-生殖工学・幹細胞工学・組織工学』(編集:浅島誠・岩田博夫・上田実・中辻憲夫、発行:共立出版)、2336-2341。
  • 32 隅蔵康一(2000)「ヒトゲノム特許戦略」、野口照久監修・古谷利夫編集『ゲノム創薬の新潮流』(シーエムシー)、142-155。
  • 33 隅藏康一(1999)「コーエン・ボイヤーの遺伝子組換え特許をめぐって」、『化学と工業』、52巻、726-730。
  • 34 隅藏康一(1998)「日本における産学技術移転の確立に向けて」、『パテント』、51巻11号、7-12。

主な著書

  • ①日本知財学会知財学ゼミナール編集委員会(編)(編集委員会は隅藏康一が委員長、他4名の委員)『知的財産イノベーション研究の展望 明日を創造する知財学』、白桃書房、2014年12月
  • ②日本知財学会知財学ゼミナール編集委員会(編)(編集委員会は隅藏康一が委員長、他4名の委員)『知的財産イノベーション研究の諸相』、コンテンツ・シティ出版、2014年6月。
  • ③日本機械学会(編)(編集委員会は近藤恵嗣・荒木勉・大上浩・隅藏康一)『法工学入門』、丸善出版、2014年10月。
  • ④隅藏康一・竹田英樹編著『幹細胞の特許戦略』(発明協会、2011年):全体を編纂するとともに、第8章「倫理と知的財産」(143-166頁)ならびに第13章「今後の展望」(253-270頁)を執筆。
  • ⑤隅藏康一編著『知的財産政策とマネジメント 公共性と知的財産権の最適バランスをめぐって』(白桃書房、2008年):全体を編纂するとともに、第5章「遺伝子研究と知的財産政策」(101-121頁)ならびに第12章「ライセンス・ガイドラインと知的財産権の集合的管理」(279-304頁)を執筆。
  • ⑥梶雅範編著、隅藏康一ら8名著『科学者ってなんだ?』(丸善、2007年):隅藏康一「特許と研究―知的財産権の問題」(101~116頁)を執筆。
  • ⑦隅藏康一編著『知的財産88の視点』(税務経理協会、2007年)。
  • ⑧岡崎康司・隅藏康一編著『理系なら知っておきたい ラボノートの書き方』(羊土社、2007年、2011年に改訂版)、全体を編纂するとともに、隅藏康一「ラボノートとは」(10-36頁)を執筆。
  • ⑨永田晃也・隅藏康一責任編集『MOT 知的財産と技術経営』(丸善、2005年):全体を編纂するとともに、隅藏康一「日本における知的財産政策と今後の課題」(218-233頁)を執筆。また、西村由希子・隅藏康一「知財マネジメント関連の知識・スキルの伝達手法~実験的試みから~」(139-154頁)を共同執筆。
  • ⑩知的財産戦略研究会著(隅藏康一ら6名による共著)『100万人の職務発明』(オーム社、2005年):隅藏康一「知的財産を巡る政策の動き」(163-173頁)を執筆。
  • ⑪隅藏康一(単著)『これからの生命科学研究者のためのバイオ特許入門講座』(羊土社、2003年)。
  • ⑫渡部俊也・隅藏康一共著『TLOとライセンス・アソシエイト』、(ビーケイシー、2002年):2002年日経BP社BizTech図書賞受賞
  • ⑬荒井寿光・知的財産国家戦略フォーラム編(隅藏康一ら11名による共著)『知財立国』(日刊工業新聞社、2002年)。
  • ⑭相田義明・平嶋竜太・隅藏康一共著『先端科学技術と知的財産権』(発明協会、2001年):隅藏康一「生命工学と特許の新展開 ―ゲノム・タンパク質解析と特許―」(1-55頁)を分担執筆。
連絡先

政策研究大学院大学科学技術イノベーション政策プログラム(GIST)
GRIPS Innovation, Science and Technology Policy Program (GIST)

〒106-8677 東京都港区六本木7-22-1 (アクセス
メール:gist-ml@grips.ac.jp
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